2022年第17回
日本構造デザイン賞

総合選考評

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江坂 佳賢
(えさか・よしさと)

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えさか・よしさと

経歴(受賞時)
1978年 愛知県生まれ
2001年 名古屋大学工学部卒業
2003年 名古屋大学大学院環境学研究科修了後、株式会社日建設計入社
2020年 東京大学大学院農学生命科学研究科修了
現在、株式会社日建設計 エンジニアリング部門 構造設計グループ ダイレクター

主な担当作品
東京スカイツリー(2012)
⻑野県庁舎 本館棟・議会棟(免震化改修)(2014)
九州フィナンシャルグループ 福岡ビル(2019)
ヤマト港南ビル(2019)
有明体操競技場(基本設計・実施設計監修・工事監理)(2019)*1
選⼿村ビレッジプラザ(2020)
銀座駅リニューアル(階段上屋)(2020)
(*1 基本設計・実施設計監修・工事監理:日建設計、実施設計・施工:清水建設、技術指導:斎藤公男先生との協働プロジェクト)

著書
『[広さ]・[⻑さ]・[⾼さ]の構造デザイン』 共著、株式会社建築技術、2007年
『木造建築構造の設計 第2版』(一社)日本建築構造技術者協会編 JSCA版、共著、株式会社オーム社、2021年

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ヤマト港南ビル
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ヤマト港南ビル。ヒトと車の領域が交互に表出するスパイラル状のファサード。撮影:雁光舎(野田 東徳)  ▶

ヤマト港南ビル
所在地:東京都品川区港南2-13-26/主要用途:自動車車庫・事務所・博物館/竣工:2019年/発注者:ヤマト運輸株式会社/設計:株式会社日建設計/施工:前田建設工業株式会社/敷地面積:2,482.66㎡/建築面積:2,242.93㎡/延床面積:19,542.80㎡/階数:地上10階(地下なし)/構造:S造・SRC造/工期:2018年2月~2019年9月

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選考評
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 構造デザインという技能の中央にあるのは、物の物理的なあり方の操作であろう。建物におけるこの操作は用途と空間機能上多くの制約があるが、新しい構造計画に取り掛かる際エンジニアは、各々の要求性能を満たしながら、自分としていちばんいい物理的な存在になるように組み合わせを探していく。江坂さんのヤマト港南ビルを訪ねたとき、まれにしか体験しないとてもいい物理的な「まとまり感」を感じた。
 斜路をらせん状に建物を囲むような構成を試みた人が多いが、うまくいかない事例が多数ある。気を付けないとエンジニアと建築家の夢が敷地の状況(出入口等)や用途制約(勾配等)や建物規模(斜路が面積を占めすぎる等)に縛られ、構造的にも建築的にももの足りなくなる。私も若い時ニューヨークのグッゲンハイム美術館に行き、あの上から下へ進む展示スペース体験を真似したいと思ったけど、そう簡単にはいかない。
 ヤマト港南ビルでは江坂さんがある意味でグーゲンハイムを超える革新的な構成を実現できた。7.2mにはね出す斜路は、流通トラックが上下通過できる経路として利用されながら、斜路階と階の間に博物館を収納するスパイラル空間が建物の芯を囲むようになっている。真ん中の荷捌き空間を「斜路に包む」という強い物理的なイメージを醸し出す構成であり、まるで建築的ではなく彫刻的なものとして鑑賞できる。
 斜路のない上階のはね出しは、建物のいちばん上に配置されるハットトラスから吊られている。それより下のはね出しは鉄骨片持ち梁で支えながら、上下階に荷重を分散するため片持ち先端に鋼管柱で連結している。上のオフィスゾーンに下の「動ゾーン」から振動がなるべく伝わらないようにダンパーを両ゾーンの間に設置している。このように両ゾーンの用途と性能要請を考えながら積極的に構造システムを設計した。
 このプロジェクトでは江坂さんの構造デザイナーとして積極的なシステム選定、部材配置、つなぎ方の発想、それと構造全体を自信のあるまとめ方が十分示されている。

アラン・バーデン(選考委員・構造家)


 「らせん」というのは古来から人をひきつけるコンセプトである。集配、展示、研修というまったく異なる用途、普通考えたらちょっと無理があるくらいの異種用途の混合を「らせん」を骨格として巧みに空間配置し、それを構造としても無理なく無駄なく構成した設計力量はデザイナーともども敬意に値する。
 空間構成が優先される建築の場合、構造システムがそれに引きずられ空間を解くことに注力せざるを得ないことも多いが、本建築では割り切る部分は割り切って極めて合理的で明快な構造フレームを構成する一方で、構造的にセンシティブな部分には十分に配慮する考え方でディテールやデバイスを構成しており、構造設計のメリハリをうまく効かせている。欲を言えば屋上で建物上層を支えているハットトラスは構造の主役で特徴的なシルエットでもあり、これをもう少しうまく表に出してもよかったかな、とも思ったが、その辺は斜路のガラスファサードのエンベロープの外観デザインコンセプトとの折り合いだったのかもしれない。
 それはともかく、建築総体としては高いレベルでのデザインと構造の力が集約されており、まさにこの賞にふさわしいと思う。

岡村 仁(選考委員・構造家)


 一見して整った外観のよくできたオフィスビルのように見えるが、すぐにそのおかしな部分に気付かされる。各階立面を横切る斜めスリットや途中階を走行する車両の動きのある写真。気になって、資料を読み込むとその理由が気持ち良いほどにわかりやすく解説されている。機能的に合理な形が必ずしも構造的な合理とならないことはよくある話であるが、その求められる諸条件を前提に構造合理な計画というのは可能である。そんなことを強く感じることのできたのが、このヤマト港南ビルである。展示室と斜路の2重螺旋になった計画と周辺環境に配慮したキャンチレバーの構成を、構造に無理をすることなく、また意匠的な配慮とあわせて巧みに解決している。目に見えいにくい、振動や音の現象に対しても構造的な工夫が施され、経済性の高い構造にするための配慮を随所に見ることができる。意匠、構造設計との多くの対話が良好に進んだ結果がこの建築には現れている。
 これまでに手がけた作品をみても難しい条件のなか、構造的な解決がときには高度にときには知的に施されており、江坂佳賢さんは、まさにこの日本構造デザイン賞に相応しい構造家であり、構造家倶楽部の発展には必要な人物だと強く感じた次第である。

大野 博史(選考委員・構造家)


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