2017年第12回
日本構造デザイン賞

総合選考評

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加登 美喜子(かとう・みきこ)
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岡村 仁

経歴(受賞時)
1970年 兵庫県生まれ
1995年 神戸大学大学院工学研究科環境計画学専攻修了後、株式会社日建設計入社
2009年 京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了
現在、株式会社日建設計エンジニアリング部門構造設計グループ構造設計部主管

主な作品
京都大学医学部百周年記念施設芝蘭会館(2004)

NHK新徳島放送会館(2006)
神戸学院大学ポ-トアイランドキャンパス(2007)
武庫川女子大学建築スタジオ(2007)
宮内庁正倉院事務所(2008)
出雲市新庁舎(2009)
山口市秋穂地域交流センター・山口市立秋穂図書館(2009)
京都府医師会館(2010)
赤坂センタービルディング(2013)
神戸学院大学附属高等学校(2016)

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熊本県立熊本かがやきの森支援学校
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教室棟の学部ホール。撮影 淺川敏

熊本県立熊本かがやきの森支援学校
所在地 熊本県熊本市西区/主要用途 特別支援学校/発注者 熊本県/設計 株式会社日建設計・株式会社太宏設計事務所/施工 建吉・豊JV、武末建設(株)、小竹・冨坂JV、坂口建設(株)、(株)増永組/敷地面積 14,207.35㎡/建築面積 6,821.42㎡/延床面積 6,184.74㎡/階数 地上1階/構造 木造・鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造/設計期間 2012年7月〜2013年2月/施工期間 2013年8月〜2014年11月/撮影 淺川敏

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選考評
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 先の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城から西に約2km。熊本市西区に流れる坪井川を渡ると、緑豊かな金峰山の麓に広がる閑静な住宅地の中にこの施設はある。入口の駐車場越しに伸びる送迎空間としての管理棟の大庇にまず驚かされる。肢体不自由と知的障がいの子供のための特別支援学校であり、小学部から高等部までの子供たちが通う健やかで安全な学び舎が計画されている。子供たちに明るく手厚く接する多勢のスタッフの姿が極めて印象的であった。
 長靴型の異形の敷地を巧みに活用しながら、ここではふたつの意欲的な空間構成にチャレンジしている。ひとつは「ユニットケア」の考えを取り入れた建築計画の試み。柔軟で多様な学習環境とスムーズな医療的ケアを実現するための空間が機能ごとに分節されている。各棟は、個性的な表情を見せながら、緩やかにカーブを描く長い廊下で連続的に接続され、街並みのようなプランニングで見事に融合されている。移動の意欲を促す曲線的廊下を歩くと、花びらのように配された教室棟と学部ホールから、スタッフと子供たちの触れ合いの様子が次々と展開されてくる。
 もうひとつの空間構成の試みは「従来工法による木架橋」。製材の流通が盛んな熊本県において、地場産材による「単材」のみを用いることとし、木と人のぬくもりが感じられ、明るくて温かな木造平屋の校舎を意図したという。車いすや臥位などで天井を見上げる子供たちを楽しませるようなダイナミックな屋根架構をデザインしたい。それが構造設計者の思いであった。
 大規模で美しい木造空間はこの建物の第一の特徴であるといえる。それを最も感じさせるのが、木漏れ日が降り注ぎ、大人数の集会を受けとめる無柱の学部ホールである。有機的な三次元曲面の大屋根に包まれた4つの教室棟の各々は約22m×25mの「ユニット型」の平面形状の外周に約5.5m×6.4mの6つの教室を配置し、中央部の学部ホールは8m超スパンの無柱空間が両側からの片持ちトラスで構成されている。シンプルな木造大架構のジオメトリーを連続的かつ密度を高めながら変化させている。そこに創出される視覚的効果は抜群であり、既視感のない新鮮な感動を味わうことができる。「木の空間」の新しい魅力を発見した思いである。
 ところで、約10年前の2006年に「京都大学医学部百周年記念施設 芝蘭会館」の作品でJSCA賞新人賞を受賞している熟達の構造設計者である加登さんにとって、木造の設計は初めてだという。「事前調査、スケッチとモックアップ、ディテールの実大実験を重ねながらの設計プロセスは恐る恐るの感であり、若干無骨なトラスとなった」。そう述懐する加登さんはさらに、構造設計者としての真の役割について次のような所感を申請書の“あとがき”で書いている。
 「2014年の秋に無事竣工した支援学校は2016年4月に震度6強の地震を2度被災することとなった。(中略)翌朝、ようやく連絡がとれ、ガラス1枚割れていないとのことであった。現地に赴くと、避難所を想定して設計したわけでなかったこの施設がまさに避難所となっている状況を目の当たりにした。校長先生から『近所の人たちがここにいた方が安心だと言って避難してくるんです。しっかりした校舎をつくってもらって本当によかった』と言われた時、(かつて体験した)阪神・淡路大震災(1995.1)から20年を経て、真の構造設計者になれた気がした」と。構造計画のレパートリーを一段と高めた加登さんの今後の活躍を期待したい。

斎藤 公男(選考委員長・構造家)

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